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神戸地方裁判所 昭和32年(ヨ)121号 判決

債権者 角屋信 外五名

債務者 神戸タクシー株式会社

主文

本案判決が確定するまで、債務者は、

I  債権者等に対し、昭和三二年二月一〇日付をもつて「待命休職」を命じた意思表示の効力が生じなかつたものとして債権者等を取り扱い、

II  債権者角屋信に対し金一四七、六〇〇円、並びに、昭和三二年一一月以降毎月末日限り金一八、四五〇円ずつ、

債権者東畑邦夫に対し金一一八、八〇〇円、並びに、昭和三二年一一月以降毎月末日限り金一四、八五〇円ずつ、

債権者北田孝三に対し金一二〇、二四〇円、並びに、昭和三二年一一月以降毎月末日限り金一五、〇三〇円ずつ、

債権者福井武郎に対し金一六四、八八〇円、並びに、昭和三二年一一月以降毎月末日限り金二〇、六一〇円ずつ、

債権者藤本秋夫に対し金一五〇、四八〇円、並びに、昭和三二年一一月以降毎月末日限り金一八、八一〇円ずつ、

債権者村本効夫に対し金一二六、〇〇〇円、並びに、昭和三二年一一月以降毎月末日限り金一五、七五〇円ずつ、

をそれぞれかりに支払わなければならない。

訴訟費用は、債務者の負担とする。

(注、無保証)

事実

一  債権者等代理人は、

「債務者が債権者等に対し、(イ)昭和三二年二月三日付書面をもつて乗務員業務教育のための本社勤務を命じた意思表示の効力、(ロ)同月一〇日付をもつて『待命休職』を命じた意思表示の効力、並びに、(ハ)同年三月一一日付をもつてなした債権者等が既に退職となつている旨の通知の効力は、いずれも本案判決の確定に至るまでこれを停止する。

債務者は、昭和三二年三月以降本案判決確定に至るまで毎月末日限り、

債権者角屋信に対し金一八、四五〇円ずつ、

同東畑邦夫に対し金一四、八五〇円ずつ、

同北田季三に対し金一五、〇三〇円ずつ、

同福井武郎に対し金二〇、六一〇円ずつ、

同藤本秋夫に対し金一八、八一〇円ずつ、

同村本効夫に対し金一五、七五〇円ずつ、

をかりに支払わなければならない。」

との判決を求め、

債務者代理人は、

「本件仮処分の申請を却下する。

訴訟費用は、債権者等の負担とする。」

との判決を求めた。

二  債権者等代理人は、申請の理由として次のように述べた。

「(一) 債務者は、神戸市内に本社を置き、同市を中心とする兵庫県下一円においてタクシー業を営んでいる株式会社であり、債権者六名は、いずれも昭和二九年一一月から同三〇年八月までの間に債務者会社に雇用され、爾来運転手として姫路営業所に勤務していたものである。

しかるところ、債務者会社は、債権者六名に対し、(イ)昭和三二年二月三日付書面をもつて乗務員業務教育実施のため神戸本社勤務を命ずる旨通告し、債権者六名がこれに応じ難いとしてその理由をそれぞれ具陳したところ、(ロ)更に同月一〇日付書面をもつて、就業規則第三八条により一箇月間債権者等の『待命休職』を命ずる旨通告した。債務者会社の就業規則によれば、従業員が期間を定めて休職を命ぜられた場合、休職事由の消滅を見ないでその期間が満了すれば、自動的に退職ということで従業員たる身分を失うもののようであるが、当該従業員を解雇するためには別の意思表示が更に必要であるとも解し得ないではない。いずれにせよ、債務者会社は債権者六名に対し、(ハ)同債権者等が既に退職となつている旨同年三月一一日付をもつて通知したのである。

(二) しかしながら、これらの本社勤務命令や通告、通知は、いずれも左記の事由により無効であるといわなければならない。

(1)  債務者会社は債権者等に対して行つたこれらの処分は、債権者等の属する労働組合(『神戸タクシー姫路営業所労働組合』)と債務者会社との間に昭和三〇年九月九日取り交わされた協定(協議約款)に違反するものというべきである。

すなわち同協定書の第六項には、『会社は、組合員の生活条件、労働条件に重大なる影響をあたえる処置に就いては組合と協議する。』と規定されており、しかも、会社のなした前示の各処分は、いずれも債権者等の生活条件、労働条件、に重大な影響を及ぼすものであるにもかかわらず、会社は、事前に、労働組合と全く協議しなかつたのみならず、事後労働組合から抗議を受けながら、頑として協議をしないまま今日に至つているのである。

(2)  更に、債務者会社が債権者等を前示のように処分したことは、不当労働行為である。

債務者会社は、債権者等に対する処分事由については何も示すところがなかつたのであるが、これらは、いずれも債権者等が行つた左記のような組合活動を弾圧する意図に出たものといわなければならない。

債権者等をはじめとする債務者会社姫路営業所従業員約五〇名は、昭和三〇年九月六日前示『神戸タクシー姫路営業所労働組合』を結成し(債務者会社には他に労働組合が存しない。)、直ちに種々の要求事項を掲げて会社に団体交渉を申し入れた。そして、同月九日に開かれた最初の団体交渉の席上、数項目にわたる紛争問題について解決を見たのであるが、賃金体系の整備確立については結論が出るに至らず、その後数回折衝を重ねた上、同年一〇月暫定給与体系を取り決めた。しかるに、会社は、同年一一月に至つてこれを破棄するといつて来たため、再び労使間に紛議を生じ、遂に昭和三一年三月一一日、組合は、二四時間ストライキに突入し、会社は、ロック・アウトを宣言し、このロック・アウトは、同年八月一日まで続き、ようやく同日紛争の解決を見た。次いで同年一一月、労働組合は、会社に対し年末手当平均一五、〇〇〇円の支給を要求して団体交渉を申し入れ、同月二八日第一回、同年一二月九日第二回、同月一〇日第三回と団体交渉を繰り返したが結論を得なかつたので、遂に同月一一日、組合は、納金ストライキ(乗務従業員が水揚金を会社に納入しないで他に預け入れること)を決行したところ、会社は、同月一三日付をもつて闘争委員一一名全員を解雇した。しかし、同月一六日に至りこの解雇もすべて取り消され、同月二二日、年末手当平均三、五〇〇円支給という線で争議が解決したのである。

債務者会社は、姫路営業所における右労働組合の結成を当初から快からず思つていた。ことに、債務者会社は、前記年末手当要求闘争中の昭和三一年一二月四、五日頃、神戸本社所属の車一八台を姫路市内に派遣し、同市内で従業して債権者等を含む労働組合員達の運転にかかる二五台の車と競わせることにより、組合に対し圧迫を加えて来たため、組合員等は、姫路地方の他のタクシー乗務員等の応援を得て、神戸本社から廻されて来た一八台の車の乗務員達に対し、組合運動の妨害をしないよう説得し、また、種々折衝するところがあつた。そして、債権者等は、すべてこの間活溌に説得、時には口論を行つたものである。

なお、債権者等が服するよう命ぜられた乗務員業務教育といつた制度は、かつて債務者会社に存在しなかつたし、また、そのような目的のため転勤を命ぜられた者は、姫路営業所始つて以来債権者等が最初である。すなわち、債務者会社は、債権者等が活溌に組合活動を行つた故をもつて、これに対し不利益な取扱をしたものに外ならない。

これを要するに、債権者等は、いずれも労働組合の正当な行為をした者であるが、債務者会社は、右組合活動を嫌悪し、これを弾圧するために、債権者等に対し、転勤、休職、遂には自動的退職となるといつた不利益な取扱をしたものであるから、いずれも不当労働行為としてその効力を否定しなければならない。

(3)  かりに右不当労働行為の主張が成立しないとしても、債務者会社が債権者等に対してなした前示の処分は、いずれも甚だしく不当であり、権利の濫用と評すべきものである。

(4)  また、これらの処分は、争議中の出来事について一切従業員に責を問わないという、労働組合、債務者会社間の約定にも違反している。

債務者会社が債権者等に対し前示のような処分に及んだ理由は前述のとおりであつて、要するに債権者等の属する労働組合と会社の間にしばしば行われた争議中の出来事をとりあげたものである。しかるに、これらの争議の解決に当つてその都度労働組合、会社間に取り交わされた約定、すなわち、前示昭和三〇年九月九日付協定書、昭和三一年八月一日付解決書及び同年一二月二二日の解決条件において、労使双方は、争議に関連して生じた事項について相互にその責任を追求しないと約束したのであるから、債務者会社は、これらの約定に違反して債権者等を処分したものと解される。

(三) かように債務者会社が債権者等に対してなした各処分は無効であるから、債権者等は、いずれも今なお債務者会社の従業員たる地位を保有するものといわなければならない。債権者等が権務者会社に就労中の昭和三一年一一月から昭和三二年一月までの三箇月間に支給されていた平均賃金月額は、角屋信が金一八、四五〇円、東畑那夫が金一四、八五〇円、北田孝三が金一五、〇三〇円、福井武郎が金二〇、六一〇円、藤本秋夫が金一八、八一〇円、村本効夫が金一五、七五〇円であつた。債権者等は、いずれも従来ひたすらこの賃金を頼りに生活して来たものであるところ、今やその収入の途も絶たれ、その日その日の生活にも窮している次第である。

よつて、権債者等は、本案判決の確定に至るまで、各自債務者会社から受けた前示不当の処分の効力を停止し、かつ、債務者会社において債権者等に対し、右各処分の後である昭和三二年三月以降毎月末日限り、前示各自の平均賃金月額を支給することを命ずる仮処分命令を求めるため、本申請に及んだ。」

なお、債権者等代理人は、「債務者会社が債権者等に対し昭和三二年三月一一日付をもつてなした、同債権者等が既に退職となつている旨の通知というのは、それ自体解雇の意思表示を構成するのか或は単なる観念の通知にすぎないのか、よくわからないが、かりに後者の意味に解するのが正当であるとしても、やはりその効力の停止を求めることは実際上必要であると考えるから、本申請においてもその停止を求めるものである。」と附言した。

三  債務者代理人は、答弁として次のように述べた。

「(一) 債権者等代理人の主張する(一)の事実は、いずれもこれを認める。

(二) まず、債権者等代理人は、債権者等に対し乗務員業務教育のための本社勤務を命じたことが、債権者等の属する労働組合と債務者会社との間に締結されたいわゆる協議約款に違反すると主張しているのであるが、右主張は、左に説明するとおり理由がない。

(1)  もつとも、債権者等が『神戸タクシー姫路営業所労働組合』の構成員であつたこと、同労働組合と債務会社との間に昭和三〇年九月九日取り交わされた協定書の第六項において、『会社は、組合員の生活条件、労働条件に重大なる影響をあたえる処置に就いては組合と協議する。』と規定されていること、また、組合、会社間の昭和三一年八月一日付解決書にも『今後労使双方の諸問題は組合側と協議を要する事項については当然これを協議して決定するものとす。』と規定されていることは、これを認める。

(2)  しかしながら、右昭和三〇年九月九日付協定書第六項にいわゆる『生活条件』とは給与、『労働条件』とは勤務時間等を指し同協定において労働組合が会社の人事権や経営権に介入し得ることを認めた趣旨ではない。このことは、右協定の締結に際し組合側と債務者会社の常務取締役高橋克明との間に諒解の成立を見ている事項なのである。そして、債権者等に対する業務教育のための本社勤務命令は、債務社会社の人事権、経営権に関するものであつて、同債権者等の『生活条件』や『労働条件』にかかるものということはできない。かりに右勤務命令が『生活条件』や『労働条件』に関係するものとしても、業務教育は、正当な理由に基きこれを希望しない者に対しては強制的でないのみならず、その実施期間はわずか三箇月であり、しかも、その間過去三箇月間の平均賃金を保障し、通勤費を支給し、通勤に不便な者には宿舎まで提供し、勤務時間等についても十分配慮しているのであるから、右本社勤務命令は、決して同債権者等の生活条件や労働条件に『重大なる影響をあたえる処置』とはいえないのである。したがつて、債務者会社が右本社勤務命令を発するについて労働組合と協議しなかつたことも、前記協定書の条項に違反したものであるということはできない。

(三) 次に、債務者会社が債権者等に対してなした処分の内容についても、なんら違法な点は存しない。

(1)  まず、債権者等は、業務教育というようなもののあることは知らなかつたと主張しているけれども、こうした制度は、官庁や他の会社で広く行われているところであり、ことに旅客自動車営業は、人の生命を預る営業であるから、自動車運送事業等運輸規則(昭和三一年運輸省令第四四号)、旅客自動車運送事業用自動車の運転者の要件に関する政令(同年政令第二五六号)、道路交通取締法施行令の一部を改正する政令(同年政令第二五五号)、旅客自動車運送事業用自動車の運転者教習に関する省令(同年運輸省令第五一号)等の一連の立法措置により、同営業にあつては、従業員に対し自動車の運転に関する事項について適切な指導、監督を怠つてはならない義務が定められているのである。かたがた、債務者会社は、兵庫県乗用自動車協会から右諸法令の精神に副うしかるべき措置をとるよう指示を受けたし、また、同業者との競争にも負けられないという事情もあるので、事故発生の防止と事業能率の増進に資するため、乗務従業員等において改正法令の趣旨を十分に呑み込み、操車技術を練磨し、更に乗客に対するサーヴイスの向上を旨とする必要があると考え、これに業務教育を施す計画を樹立したものであつて、右は、もとより業者としてとるべき適切、妥当な措置であるといわなければならない。そして、右教育の対象としては、比較的成績の悪い姫路営業所の従業員の一部から始め、漸次他の本店、営業所所属の全乗務従業員に及ぼすこととしたのであり(第一回・姫路営業所六名、第二回・高砂及び網干各営業所合計三名、第三回・明石営業所三名)、また、実施場所としては、優秀な運転手や講師も得やすく、宿舎その他の設備も十分な本店所在地たる神戸を選んだのである。しかも、右業務教育に服する従業員の生活条件、労働条件についても債務者会社において十分の配慮をしていたことは、前述のとおりである。

(2)  かような次第で、債務者会社の計画した乗務員業務教育は、労働者の地位の向上といつた労働法の精神に適合こそすれ矛盾するものではなく、これに服するよう命ぜられた従業員等は、得るところこそあれ失うところはないはずである。そして、労働組合員全員も、昭和三一年八月四日債務者会社に誓約書を差し入れ、『全従業員は、真に会社と一体となつて最善の努力を要することを深く自省し、能率を最高度に発揮することを誓約』しているのである。したがつて、従業員たる者は、債務者会社から指名された以上多少の不便を忍んでも進んで業務教育に服すべきであり、現に網干営業所及び高砂営業所に勤務する従業員は、債務者会社の命令どおり業務教育に参加して既にこれを終業し、優秀な成績をおさめているのであつて、ひとり本件の債権者等のみがこれを拒絶しなければならない正当な理由は、到底これを見出だすことができない。

(3)  しかるに、債権者等が右業務教育を拒否する理由を見ると、債務者会社がこの業務教育を通じて労働組合の圧迫を企てているかのように主張しているのであるが、これは、後述のとおり全くの誤解であつて、さもなければ、反対のための反対であるといわなければならない。また、債権者等は、神戸本社勤務になれば地理不案内で収入減になるともいつていたが、その根拠に乏しいことは、姫路よりもつと田舎の網干営業所の従業員でさえ、業務教育期間中一日三、〇〇〇円以上の水揚金増収の成績をあげていたことからして明瞭である。その他の理由としては、神戸では強盗が出るのが恐しいといつたような、全く人を小馬鹿にしたようなものばかりであつて到底これを採り上げることができなかつたのである。

(4)  なお、債務者会社は、一旦昭和三一年一月二二日付をもつて債権者等に対し本社勤務を命じたのであるが、その際業務教育実施の内容を示さなかつたところ、債権者等から団体交渉の申入を受けたので、一時右転勤命令の実施を留保し、業務教育実施計画の具体的内容を示したのであるが、交渉が妥結するに至らなかつたため同年二月三日付をもつて改めて乗務員業務教育のための本社勤務を命じた次第である。しかるに、債権者等は、正当な理由なくして右業務命令に服さなかつたのであるから、本来ならば就業規則第四九条第七号によりこれを解雇してもよいのであるが、特に反省の機会を与える意味において、昭和三二年二月一〇日、同規則第三八条による一箇月間の待命休職処分に付したところ、右期間を徒過したので、同規則第四二条第二項により自動的に退職ということになつたわけである。かりに右自動的退職の効果が発生しなかつたとしても債務者会社は、昭和三二年三月一一日、債権者等に対し既に退職となつている旨の通知をしたものであるから、この通知によつて退職の効果が発生したものといわなければならない。なお、右の処分過程を見ると、業務教育の目的でなくとも債務者会社は、実質的には同年三月一一日の解雇の一箇月前に待命休職処分という形で予告していることにもなるし、また、法定の予告手当も提供し、その受領を拒否されたためこれを供託しているのであるから、この点においても債権者等に対する処分は正当である。

(5)  更に、債権者等に対する処分が不当労働行為になるという債権者等代理人の主張も失当である。債務者会社が第一回業務教育の対象とした債権者等は、いずれもその所属する労働組合の役員ではなかつたし、なんら組合運動をした者でもなかつた。このことは、債務者会社が業務教育実施により正当な組合の活動を阻害しないよう配慮していたことの証左である。債権者等代理人は、神戸本社から一八台の車が姫路に廻送された際、その乗務員に対し活溌な言動に出た者が業務教育に服するよう命ぜられたと主張しているが、債務者会社としては、誰がそのようなことをしたのかは全然知らなかつたのである。また、右一八台の車の廻送は、債務者会社が陸運局の厳命に従つて行つた措置に外ならず、こうしなければ行政処分を受けたであろうと考えられるのであつて、毛頭組合弾圧の意図をもつてしたものではないから、もし債権者等がこれを妨害したのであれば、その妨害行為自体が正当な組合活動には当らないものといわなければならない。かような次第で、債務者会社が債権者等に対してなした処分は、なんら不当労働行為には該当しないものである。

(6)  更に、以上(1)ないし(5)において述べたところを総合すると、債権者等に対する処分が権利の濫用であるという債権者等代理人の主張が当を得ないものであることも、おのずから明らかであろう。

(四) 最後に、債権者等代理人は、債務者会社が債権者等に対してなした処分が、争議中の出来事について一切従業員に責を問わないという、組合、会社間の約定に違反していると主張するけれども、債務者会社がかような明確な言明をしたことはない。ただ、昭和三一年一二月二二日の争議解決に際し、神戸本社から回送した一八台の自動車に対する妨害事件を不問に付すると約したにすぎないのである。

(五) 以上要するに、債務者会社が債権者等に対してなした前示もろもろの処分には、なんら債権者等代理人主張のような無効事由を見出すことができない。よつて、右無効事由の存在を前提とする本件仮処分申請は、失当であるといわなければならない。

(六) なお、債権者等がその主張どおりの平均賃金額を債務者会社に就労中得ていたことは、これを認める。」

四 疎明〈省略〉

理由

一  債務者が、神戸市内に本社を置き、同市を中心とする兵庫県下一円においてタクシー業を営んでいる株式会社であること、債権者等が、いずれも昭和二九年一一月から同三〇年八月までの間に債務者会社に雇用され、爾来運転手として姫路営業所に勤務していたものであり、かつ、同営業所従業員をもつて組織されていた「神戸タクシー姫路営業所労働組合」の構成員であつたこと、債務者会社が債権者等に対し、(イ)昭和三二年二月三日付書面をもつて乗務員業務教育実施のため神戸本社勤務を命ずる旨通告したこと、(ロ)債権者等においてそれぞれ理由を具陳し、右本社勤務を拒否したところ、同月一〇日付書面をもつて、就業規則第三八条により一箇月間の「待命休職」を命ずる旨通告したこと、(ハ)更に、債権者等が既に退職となつている旨同年三月一一日付をもつて通知したことは、当事者間に争がない。

二  よつて、債権者等が債務者会社から受けたこれらもろもろの通告や通知が有効か無効かについて以下判断を進める。

(一)  まず、債権者等代理人は、前示乗務従業員業務教育実施のための神戸本社勤務命令は、債権者等が活溌に組合活動を行つた故をもつて、これに対し不利益な取扱をしたところの不当労働行為に外ならないと主張しているのに対し、債務者代理人は、右業務教育の実施は、乗務従業員が関係法令の知識を深め、操車技術を練磨することを目的として、これに服する者に対する待遇についても十分の配慮をした上なされるものであつて不当労働行為には当らないと主張して争つているので、以下この争点について考える。

成立につき争のない甲第六号証、方式及び趣旨により真正に成立したと疎明される乙第一及び第一四号証、証人玉川正晴及び同高橋克明の各証言によれば、債務者会社が債権者等に参加を命じた乗務従業員業務教育は、昭和三二年二月九日から三箇月間(ただし会社の都合又は教育成績により右期間を短縮することがある。)、施設、指導者その他の便宜上神戸本社において実施されることになつていたもので、その間の計画日程には、乗務従業員の修得すべき関係諸法令、仕業点検、自動車取扱、事故防止及び接客指導に関する教習と諸見学が折り込まれていたこと、債権者等が右教育参加中は、各自昭和三一年一〇月以降一二月までの平均賃金相当額までの収入が保証されていた外、通勤者に対しては姫路駅からの通勤費が支給され、通勤を希望しない者に対しては宿所(本社の寮)も準備されていたことが一応認められる。したがつて、右認定事実だけからすると、右業務教育の実施は、交通安全並びに債務者会社の経営合理化のために甚だ有益な計画であるのみならず、そのため債権者等に特に著しい生活上の脅威を与えるものとは考えられないから、これを不当労働行為と断ずることはできないかのようである。

しかしながら、前述のように従前姫路営業所に勤務していた債権者等にとつて、わずか三箇月間とはいえ神戸本社勤務のため遠距離の通勤又は会社の寮に宿泊することを余儀なくされる結果、その生活に多少とも打撃を受けるものであることは、看易い道理であるのみならず、債務者会社の樹立した右業務教育実施計画そのものの性格、内容、並びに、これに参加すべき乗務従業員の選定基準の設定方法には、左記のようにかなり納得し難い点が含まれているのである。

(1)  まず、債務者会社が右乗務従業員業務教育を実施するについて、姫路営業所勤務の同債権者等合計六名だけが第一回の参加者に選ばれたことは、当事者間に争がなく、前掲乙第一号証、証人高橋克明の証言により真正に成立したものと疎明される同第一五号証の一ないし三、同第一六号証の一ないし三、証人玉川正晴及び同高橋克明の各証言、並びに、債権者角屋信本人尋問の結果によれば、引き続き第二回参加者として網干営業所の二名及び高砂営業所の一名、第三回参加者として明石営業所の三名を選定したことが一応認められる。しかるところ、債務者代理人は、右業務教育を債務者会社の全乗務従業員に施す計画であり、さしあたり姫路、網干、高砂及び明石の各営業所の若干の従業員から始めただけであると主張しており、証人玉川及び同高橋の各証言は、これに副うものであるが、証人高橋の証言中の他の部分によると、債務者会社の全乗務従業員は、約三〇〇名にのぼることが疎明されるのであるから、かりに同代理人の主張事実が真実であるとすれば、三箇月毎に三名ないし六名程度の乗務従業員をまとめて教育を施して行くと、全乗務員に対する業務教育を完了するまでには一〇年以上の日子を要する計算になる。しかし、債務者会社が真実にかような長期の業務教育実施計画を樹立したものとは到底考えられないし、さりとて、債務者会社がその全乗務従業員に対する業務教育をより短期間内に完了するために具体的方策を講じ、又は講ずる目安がついているという事実については、なんら主張、疎明がないのである。そればかりでなく、弁論の全趣旨によれば、債権者等が第一回の業務教育勤務命令に従わなかつたにもかかわらず、債務者会社において代りの者に対し業務教育に服すべき旨の命を発していないことも一応認めることができる。かような事実関係を総合して考えると、債務者会社は、表面上その全乗務従業員を対象として業務教育計画を樹立したといつているけれども、実は当初からなんらかの基準によつて選ばれる少数の従業員だけに参加を命ずる所存であつたと一応認めるが相当である。

(2)  それでは、何故姫路営業所所属の債権者等だけが第一回の業務教育勤務を命ぜられたのであろうか。債務者代理人は、同営業所の従業員が他の営業所の従業員より成績不良であつたと主張するが、この点の疎明は必ずしも十分でない。証人高橋克明の証言及び同証言により真正に成立したと疎明される乙第一八号証(同第三号証の記載を訂正したもの)によると、統計上は姫路営業所従業員の水揚高が本社従業員のそれと比較し若干劣つているようであるが、証人角田一美の第二回証言によると、それは、車の性能、設備の差異、勤務時間の長短、多くの乗客を拾うのに有利な駅前駐車をするか、そうでない営業所で待機するかなどの諸条件において、姫路営業所従業員の方が幾分不利に取り扱われているという事情にもよることが疎明されるのであるから、直ちに同営業所従業員の方が本社従業員よりも成績不良であると断ずることはできない。また、証人福本金次郎は、同債権者等を各個人別にみても成績不良であると供述している(第一回証言)が、他の諸般の証拠、ことに債権者角屋信本人尋問の結果との対象上にわかに信用するを得ない。

(3)  してみると、いきおい債権者等に対する業務教育のための本社勤務命令が不当労働行為にあたるかどうかについて、一応の疑念を抱くことは当然であろう。しかるところ、債権者等がいずれも「神戸タクシー姫路営業所労働組合」の構成員であつたことは、前述のとおり当事者間に争がなく、右労働組合が債務者会社における唯一の組合であるという債権者等代理人の主張事実は、債務者代理人において明らかに争わぬからこれを自白したものとみなすべきところ、証人角田一美(第一、二回共)及び同岩崎延太郎の各証言、並びに、元共同債権者井上柳造及び債権者角屋信各本人尋問の結果によれば、債務者会社は、右労働組合が結成され、活溌な組合活動を開始したことを極度に嫌悪し、組合幹部に対し再三処分を加え、組合員に対しては他の従業員よりも悪い車を配填し、事故車の修理もことさら遅延させ、たまたま退職した組合員が出ると、その車を組合員のいない他の営業所に廻してしまつて組合員の補充を防止するなど、かなり露骨な弾圧をあえてしていること、なお、右業務教育勤務を命ぜられた債権者等は、いずれも前述のとおり昭和三一年一二月四日以降神戸本社から一八台の車が姫路に廻送されて来たことをもつて組合に対する弾圧であると考え、当時駅前駐車場等において客待ちの際、駐車の順番によるべきところ、これを乱して拾うなどして積極的に右一八台の車による営業を圧迫し、ひいては組合に所属する同債権者等始め他の従業員による営業の成績を挙げることに努めたものであり、債務者会社も、当時右事実を重視して監視を怠つていなかつたことが一応認められるのである。

以上の事実関係から考えると、債務者会社が債権者等に対し乗務員業務教育実施のために神戸本社勤務を命じたことは、表面上の理由はともかくとして、その真に意図するところは、債権者等が前記のように労働組合のために活溌な活動に出た組合員であることの故をもつて、これに対し不利益な取扱をするにあつたものと解するのが相当であり、したがつて、労働組合法第七条第一号本文により、右勤務命令は、不当労働行為として違法であるといわなければならない。

(二)  かように債権者等に対する乗務員業務教育実施のための神戸本社勤務命令が不当労働行為であるとすれば、債権者等がこれに従わなかつたことは、正当な権利の行使と認むべきであるから、右不服従を理由として債務者会社が債権者等に対し昭和三二年二月一〇日付をもつて一箇月間の待命休職を命じたことも、もとよりこれを是認する訳にはゆかず、結局右休職命令の効力の有無に関するその余の争点につき判断するまでもなく、既に上述の点において右休職命令は、無効であると断じなければならない。そして、前掲乙第一〇号証の一によると、債務者会社の就業規則第四二条には、労働者が期間を定めて休職を命ぜられた場合において休職事由の消滅を見ずにその期間が満了したときは、当該労働者と債務者会社との間の雇用関係は当然消滅すると規定されていることが疎明されるのであるが、債権者等の受けた休職命令が右に述べたように無効である限り、その休職命令に定められた期間が徒過したからといつて、債権者等が直ちに債務者会社の従業員でなくなつたといえないことはもちろんである。

なお、債務者会社において同債権者等が既に退職となつている旨昭和三二年三月一一日付をもつて通知したことは、右就業規則第四二条により雇用関係の終了を見たという観念の通知にすぎず、それ自体独立の解雇処分たる性質を有するものでないと解するのが相当であるから、その効力の有無を論ずることは無意味である。(かりにこの通知が解雇の意思表示であつたとしても、それが債権者等において前記業務教育参加命令に服従しなかつたことを理由とするものであることは、債務者の主張自体に徴し明白であるから、前段認定のように右命令が不当労働行為に該当する限り、右解雇の意思表示もまた無効であるといわなければならない。)

三  以上説示したように、債務者会社が債権者等に対して臨んだ待命休職の処分が無効であるとすれば、両者の間には今なお雇用契約関係が存続し、債権者等は、いずれも債務者会社に対し右雇用契約に基く賃金債権を有するものといわなければならない。そして、債権者等が債務者会社に就労中の昭和三一年一一月から昭和三二年一月までの三箇月間に支給を受けていた平均賃金月額は、角屋信が金一八、四五〇円、東畑那夫が金一四、八五〇円、北田孝三が金一五、〇三〇円、福井武郎が金二〇、六一〇円、藤本秋夫が金一八、八一〇円、村本効夫が金一五、七五〇円であつたことは、当事者間に争のないところであり、債務者会社において債権者等に対し少くとも昭和三二年三月以降の賃金の支払を遅滞していることは、弁論の全趣旨から一応これを認めることができる。

次に、賃金労働者たる債権者等が、右に述べたように従来の収入源たる債務者会社からの賃金の支給を絶たれているため、現在非常な生活難に陥つていることは、わが国現下の社会経済状勢からして特に反対の疎明がない以上一応これを推認するのが相当である。

よつて、債権者等が前述のような現在の著しい危難を免がれることができるように、民事訴訟法第七六〇条に従い、本案判決の確定に至るまで、債務者会社において、債権者等に対してなした「待命休職」を命ずる意思表示がいずれも効力を生じなかつたものとして債権者等を取り扱い、かつ、債権者等に対し、既に履行期が到来したと考えられる昭和三二年三月分から同一〇月分まで八箇月間分の前記各自の平均受給月額の割合による賃金、並びに、同年一一月分以降の賃金として、同月以降毎月末日限り右各平均受給月額ずつをかりに支払うべき旨を命ずることとする。

債権者等代理人は、債務者会社が債権者等に対して行つた乗務従業員業務教育実施のための本社勤務命令の効力の停止をも求めているが、同命令は、昭和三二年五月八日までの業務教育実施予定期間の満了と共に効力を失つたものと考えられるから、もはやその効力の停止を求める利益は消滅したものと解するのが相当である。かりにそうでないとしても、債権者等がこの命令に従い神戸本社において三箇月の業務教育に服することにより特に著しい損害を受けるものと考えられないことは、前述のとおりであるから、ことさら仮処分をもつて右命令の効力の停止を命ずるだけの緊急の必要があるものとは思えない。いずれにせよ、この点の債権者等代理人の申立はこれを認容することができない。また、同代理人は、債務者会社が債権者等に対してなした債権者等が既に退職となつている旨の通知の効力の停止をも求めているけれども、右通知が単なる観念の通知であつて、独立した解雇処分とみるべきでないことは前述のとおりであるから、その効力の停止を求めるのは無意味であり、その利益を認めることができない。

以上の理由により、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 前田治一郎 吉井参也 戸根住夫)

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